ステージ上で亡くなったマジシャンたち10選

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今までにマジックショーを見たことがない人はなかなかいないでしょう。
カードを使ったマジックであったり、消失マジックであったり、不可能な状況からの脱出マジックなどさまざまです。
ほとんどのマジックは命をおびやかすようなものではありません。
特にテレビ番組中に何か問題が起きてしまえば、法的に裁かれてしまうからです。
ですが、中にはマジックショーに大衆の前で命を落としてしまったマジシャンたちもいます。

1.弾丸キャッチ

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かつて数多くのマジシャンが放たれた弾丸をキャッチする、というマジックをショーの中に入れていました。
種明かしをしてしまうと、この手のマジックは銃を空撃ちしているのです。
とはいえ、マダム・デリンスキーのようにアクシデントは起こってしまうのです。
6丁用意していた銃に弾は入っていないはずでした。
しかし、一人が誤って実弾を銃に装填してしまったのです。
言うまでもなく、マジシャンは銃弾をキャッチできるはずもなく、亡くなってしました。
2.プロにあこがれて

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世界には、プロに影響されて同じようになりたいと真似をしたせいで恐ろしい目にあった人が多くいます。
ジャナカ・バスナヤキーは現代マジシャンによる生き埋め脱出マジックに魅了されました。
そして、自分も挑戦してしまったのです。
家族と友人の助けで、箱に入って生き埋めになったという大掛かりなマジックは、現在でもスリランカで最も大掛かりなマジックとして記録されています。
そして、そのマジックが彼の最後のマジックとなったのです。
数時間後、彼が入った箱を掘り起こしたときにはすでに意識を失っており、搬送先で亡くなってしまいました。
3.練習のつもりが

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ジェフ・ライバーン・フーパーは1984年に活躍していたアマチュアマジシャンでした。
ある日、彼はマジックショーの前にトリックの練習をしようと思い、自分の腕を固定して湖の中へ飛び込みました。
100m離れた岸まで泳ぎ、見事脱出に成功する予定でした。
不幸なことに、その日は風がとても強く、荒れた湖の中でフーパーはうまく泳ぐことができず、結局そのまま溺れてしまったのです。
4.棺からの脱出

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ジョセフ・バラスはマジックが大好きで、伝説のマジシャン、ハリー・ハンディーニーと肩を並べる実力の持ち主でした。
限界を恐れることなく、彼は一度だけトライしたことのあるスタント、棺からの脱出マジックを行うことにしました。
プラスチックとガラスでできた棺に入り、それを鎖で巻いて数mの深さに埋め、さらに上から泥とコンクリートを流し込みました。
これが原因で棺が重さに耐えきれず壊れてしまい、観客の前でバラスを生き埋めにしてしまったのです。
5.塞がれたミルク缶

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ハリー・ハンディーニーはマジシャンにとって憧れの存在でした。
結果として、彼の偉業とも呼べるマジックをコピーする人々が現れたのです。
ジョセフ・ギルバートはまさにそのうちの一人でした。
彼の得意マジックは密閉したミルク缶から脱出するというもので、これまでに何度も成功を収めてきました。
しかし、1930年に事件は起きてしまいました。
缶をマジックの前に落としてしまったことで、秘密の脱出通路が塞がってしまったのです。
彼のアシスタントが異変に気づく前に、ジョセフは水で満たされたミルク缶の中で亡くなったのです。
6.迫りくる車

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南アフリカ出身のチャールズ・ローワンは「魔術師カール」として知られていました。
彼のスリルあふれるマジックは、車に轢かれる前に拘束された状態から抜け出すというものでした。
彼はこのマジックを何度も行ってきましたが、みなさんが予想する通り、悲劇は1930年に起きてしまいました。
15秒ほどしか猶予がない中で、彼はほんの少しだけ脱出が遅れてしまったのです。
もちろん、そのまま車に激突されこの世を去ってしまいました。
7.突然の悲劇

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トミー・クーパーはコメディアンでありながら同時にマジックも芸の一つとして取り入れていました。
ある夜、生中継でクーパーがマジックをしようとしたその時、心臓麻痺が彼を襲ったのです。
約数分間、カメラはクーパーが地面をのたうち回る様子を写しており、観客もそれが芸だと思っており会場は笑いに包まれていました。
最終的に、生中継は急遽中止し、観客たちは恐ろしい現実を生で見る羽目になったのです。
8.閉じられたステージ

Lafayette and beauty
ボーン・シグムンド・ニューバーガーは世界でグレート・ラファイエットの名で知られていくようになり、ライオンとペットの犬を使ったショーは皆を驚かせました。
1911年、スコットランドでショーを行っているときに、悲劇は起こります。
彼がパフォーマンスの最後でおじぎをした際に、ランプが爆発し火事が起きたのです。
観客は会場から逃げ出しましたが、ラファイエット含め、ステージ上に残っていた人々は逃げ切ることができませんでした。
調査によると、ラファイエットはマジックの種明かしをされないようにステージのドアを閉めていたのです。
もちろん、これがきっかけで彼は亡き者となりました。
9.爆発マジック

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炎と爆発をショーの中に織り交ぜるのは、マジシャンにとって基本要素でした。
当然、炎の勢いを強くすれば危険度は増していきます。
ヨハン・モラーはその危険性を身をもって体験しました。
彼はバラブレガと呼ばれ、ショーでは蛾を模した服を着た女性が炎とともに消え去るということをしていました。
あまり爆発しないガスを使用していたので、危険性はないように見えました。
しかし、ブラジルでの公演で、彼はアセチレンというガスを代わりに使わなければなりませんでした。
そして、ショーの前にガスを用意している間に爆発が起こったのです。
ヨハンとそのアシスタントたちを激しい炎に襲われて亡くなりました。
10.まだ死んでいない

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ワシントン・アービング・ビショップは19世紀のマジシャンで、心を読み取るというマジックで観客の度肝を抜きました。
不幸なことに、彼は珍しい病におかされ、時折極度の緊張状態で硬直状態になっていました。
これを受けて、彼はこの病気のことを手紙に記して、もし硬直状態になったとしても気にしないでくれ、と書き添えました。
しかし、1889年のショーで、彼はこの手紙を持ってくるのを忘れ、ショーの途中で硬直状態となった彼を見た人々は、彼がてっきり死んだのだと勘違いし、医師が検死まで行ってしまったのです。

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