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奇妙なものを愛する人たち10選

対物性愛とは、「物」を愛してやまない人たちのことで、車、トラック、木に対して強烈な愛情を持っており、ときには結婚式を開くことさえあります。テレビ番組やドキュメンタリーで彼らの生活を放送することもあり、対物性愛はより社会で受け入られるようになっています。 それでは、奇妙なものを愛する対物性愛者たちを紹介していきます。 1.アマンダ・ウィタッカー アマンダ・ウィタッカーは自由の女神像をとても愛しています。彼女はそれに触るだけで快感を得られるのです。アマンダは対物性愛者と診断されており、彼女の部屋には愛する自由の女神像で満たされており、また彼女はアメリカ国旗も愛しています。 彼女は将来自由の女神像と結婚する予定です。 彼女は車で、元カノはヘリコプター!? 驚きの詳細は次のページ♪

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もう存在していない10のいわくつきの家

普段迷信を信じないような人でも、何か悪いことが起こった家や建物に住みたいとは思わないでしょう。特に悪魔的力が働いているような建物は、その呪いを周りにまき散らさないために、解体されることが多いです。 1.ヘンリー・H・ホームズの家 ヘンリー・H・ホームズはシカゴの連続殺人犯で、これまでに100人以上を殺したと考えられています。犠牲者は殴られたり、絞殺されたり、場合によってはガスで殺害されました。遺体は彼の家に持ち込まれ、お金を稼ぐために骨格を売ることもありました。 ホームズが1896年5月7日に処刑されたとき、彼の家に火を付けられましたが地面だけは燃えませんでした。彼の家は1930年代後半まで残されており、その後解体され郵便局が上に建てられました。 幽霊が出ると様々な人が逃げ出した曰く付きの家 詳細は次のページ♪

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熱気球で起こった恐怖の事故10選

空を飛ぶ、という行為はさまざまな人々を魅了してきました。飛行機が発明される前には、熱気球が主流で、もともと輸送手段として使われていましたが、現在ではアクティビティとなっています。しかし、熱気球はこれまで何度も事故を起こし、人々を恐怖させていたのです。それでは、恐怖の熱気球事故を紹介していきます。 1.カライスでの事故(1785年) 1783年、ジャン=フランソワ・ピラトール・デ・ロジェは世界で初めて熱気球に乗った人であり、初めて熱気球事故で亡くなった人です。最初は危ないからやめるように言われましたが、名誉だとして熱気球に乗り続けました。そして1785年の6月、事故は起こりました。当日は天気が悪く、強い南風が吹いていました。そこで、低空飛行をするために水素熱気球を使うことに決めたのです。事故が起こった原因は詳しくわかっていませんが、水素が火に移って爆発し、気球が落下したとされています。 あのナポレオンも目撃した熱気球による初の航空事故 衝撃の事故原因の詳細は次のページ

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刑務所への驚きの密輸方法10選

刑務所への密輸件数が急増しています。囚人たちは品物を手に入れるためにハト、ドローン、警備員を利用します。中でも麻薬や武器は人気ですが、携帯電話、ステロイド、成人向け雑誌なども頻繁に密輸されています。 1.携帯電話を運ぶハト 2017年2月、ブラジルの刑務所の警備員が携帯電話を運んでいたハトを捕獲しました。このハトは囚人のために携帯電話を運んでいたと考えられ、誰の元へ届けられるものだったかはまだわかっていません。これは、ハトがものを密輸した最初の事件ではなく、 2016年9月にはコロンビアの刑務所警備員が携帯電話とUSBを持っていたハトを捕獲しており、 2015年にはコスタリカの刑務所職員が14グラムのコカインと14グラムのマリファナを袋に入れたハトを捕獲しました。囚人が猫やイグアナを使って、刑務所に薬物を密輸しているという報告もあります。 ドローンを使った密輸が急増!? 最新の密輸方法の詳細は次のページ

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悲惨な最期を遂げた10人の宝くじ高額当選者

私たちは「幸せはお金では買えない」という言葉をよく聞きます。しかし、貧しい家庭でも幸せな人々がいる一方で、お金持ちでもまったく幸せな人生を送っていない人々がいます。さらに、ある研究によると、宝くじで高額当選をした人は幸せな人生を送っていないという結果が出ました。これは、当選金目当てにさまざま人々があなたの元へ訪れてきたり、豪華な家、車、衣服にお金をつぎ込んでしまうのが原因です。 それでは、悲惨な最期を遂げた10人の宝くじ高額当選者たちを紹介していきます。 1.ウィリアム・ポスト 身体障害を患っていたウィリアムは、1988年にペンシルバニア州の宝くじで16億2000万円を獲得しました。それから2週間後彼は3000万円を浪費し、3ヵ月後には彼は5000万円の借金をして、3950万相当のマンションを購入しました。 しかし、彼はお金目当ての弟によってほとんど殺害され、元妻には3分の1の賞金を奪われ、そして暴行罪で有罪判決を受けました。彼は刑務所から出た後、彼は前の生活のほうが幸せだったと述べ、呼吸不全のため2006年に66歳で死亡しました。 5億円を手に入れた男性 「善人になりたい」と彼が取った驚きの行動とは・・・ 驚きの行動の詳細は次のページ♪

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世界で最も恐ろしいギャングの入会式10選

最近の映画やメディアの多くは、ギャングや犯罪組織を美化して写すことが多いですが、現実はそのようなものからかけ離れています。人々はこれらの犯罪組織がどれほど危険なものかを認識し始めており、特にギャングが行う新メンバー入会の儀式は、彼らの本当の暴力性を表しています。 1.ヘルズ・エンジェルズ ヘルズ・エンジェルズは世界で最も有名なギャングの1つです。彼らを表す言葉は暴力と犯罪の2つしかないでしょう。入会するために、新人はメンバーたちの尿と排泄物を集めるという洗礼を受けなければなりません。 2.ユナイテッド・ブラッド・ネーション ユナイテッド・ブラッド・ネーション、あるいはブラッドは、現在ニューヨークの刑務所の中で最大のギャングの1つです。入会するためには、ブラッディング・インと呼ばれるカッターで顔を何度も切りつけるという儀式を行わなければなりません。 中国の恐ろしいギャング集団 入会の儀式も恐ろしすぎる!! 詳細は次のページ♪

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世にも恐ろしい廃墟となったテーマパーク10選

10.オクポ・ランド 韓国にあるオクポ・ランドはアヒルのアトラクションで二人が死亡したことで有名です。その後、パークは1999年の5月に謎の閉園を遂げました。最初の死亡事故は1990年代に起きました。アヒルのアトラクションが突然レールから外れた地面に落下し、幼い女の子が亡くなりました。パークはこの事件の詳細を一切語りませんでしたが、9年後に再び同じアトラクションで死亡事故が起こったのです。幼い女の子が死亡し、その他数名も重傷を負いました。これを最後に、パークは閉園することになったのです。それから14年後、パークは廃墟と化しています。アヒルのアトラクションは事故当時のまま逆さ状態で放置されており、その事件の悲惨さをうかがえます。 9.富士ガリバー王国 日本の有名な自殺の名所である青木ヶ原樹海の近くにテーマパークを作ったのは、良いアイディアだったとは言えないでしょう。このテーマパークは18世紀の小説、ガリバー旅行記から名前を取っており、開園から4年後の2001年に閉園しました。1年に約200人もの人が自殺しているとされている樹海は、多くの観光客が訪れます。また、樹海は心霊現象が多発する場所としても有名です。なので、そんな心霊スポットが近くにあるテーマパークに行きたくないと思うことは普通でしょう。現在パークは廃墟化していますが、中央の44mのガリバー像はそのまま残っています。 8.プリピャット・アミューズメントパーク パーク開園のちょうど5日前に、チェルノブイリ原発事故が近くで起こってしまいました。1986年の4月26日、壊滅的な原発事故がパークを襲ったのです。31人が死亡し、大量の放射線物質があたりに拡散され、50万人を超える被爆者の対応に追われました。パークは事故後に避難勧告を出す前に、短い間だけ開園されました。ほとんどの人が訪れませんでしたが、何人かの科学者たち、ジャーナリスト、そして野次馬のグループがパークへ潜入しました。現在パークはチェルノブイリの悲惨さのシンボルとして残っています。 7.ダディパーク ダディパークはかつてベルギーの有名なテーマパークでした。しかし、ウォータースライダーで幼い男の子の腕が引きちぎれるという事故を受けて、2000年に閉園となりました。経営者のガストン・デューバーは有罪とはなりませんでしたが、人々はパークの安全性について言及し始め、来場者は減少していきました。閉園以来、スプレーアーティストが恐ろしいピエロを壁に描き、アトラクションがさびるのを防止しました。2012年に取り壊しが始まりましたが、パークの一部はそのままになっており、あの事故を起こしたウォータースライダーも残ったままです。 6.ホーリーランド この奇妙なテーマパークは、聖書を元に作られたパークで1960年代から70年代の間、年間4万人が訪れました。しかし、パーク創設者のジョン・グレコが90歳で亡くなったことで、1986年にパークは閉園しました。しばらくの間はキリスト教徒によってパークは維持されていましたが、なぜか首の無いイエス像を含め、パークは崩壊し始めました。2010年、ホーリーランドは10代の子が無残に殺害された現場として報道され、心霊スポットとしての知名度を上げました。3年後、市長のネイル・オレリーが4000万円をパーク保持に努めたキリスト教徒たちに支払い、パークを買い取ったことでパークの再建を望む声が出始めています。 5.タマン・フェスティバル 3年間のみ開園したタマン・フェスティバルテーマパークは、地元の人々によって恐れられています。都市伝説によると、幽霊が住み着いているとされ、誰もそこへ訪れようしません。パークにはクロコダイルの穴というものがあり、パーク経営者は閉園時クロコダイルたちを持ち帰らなかったとされ、侵入者を食べて生き延びているといううわさが出ているのです。パークは廃墟となっていますが、そこには小さな神社がありお香がたかれているそうです。しかし、一体誰がそんなことをしているのでしょうか。それは未解決のままです。 4.ジャズランド ハリケーンカトリーナがニューオーリンズを襲って10年が経ちますが、ある場所は廃墟として残っています。それがジャズランドです。2005年にハリケーンが襲ったことで、パークは水没してしまったのです。パークは1ヶ月間深さ2mまで水没しており、アトラクションはさびてしまい、ピエロの頭は取れてしまいました。パークは現在24時間体制で監視されていますが、洪水と共にやってきた3.6mのクロコダイルの住処になっています。もしも廃墟探索したいのであれば、気を付けてください。 3.ドッグパッチ 1968年に開園して以来、パークは大人気となりアーカンソー州のほとんどの人が遊びに来ました。しかし、このパークを真似てマーブル・フォールズというパークを開園した途端、どちらのパークも1993年に閉園してしまったのです。9年後、ドッグパッチは1億円でオークションにかけられましたが、誰も入札しませんでした。2005年、若者が廃墟となったパークを車で探検しようとしましたが、ワイヤーが2本の木にかかっており、首を切りかけました。裁判でパーク側は負けてしまい、若者にパークの所有権が賠償として渡されたのです。23年間の閉鎖を経て、再オープンのうわさが立っています。 2.レイク・ショーニー・アミューズメントパーク 廃墟となったテーマパークは十分怖いですが、もしそれが呪われていたらどうでしょう。レイク・ショーニーの恐ろしい話は1783年までさかのぼります。ヨーロッパの農家のマイケル・クレイがアメリカ原住民の土地を奪おうとして、戦争が起こりました。アメリカ原住民の3人の子供が殺されたとされており、復讐としてクレイは殺され、土地は農場となりました。それから100年後の1920年代にコンリー・T・スニドーが農場を買い取り、アミューズメントパークを建てたのです。しかし、クレイの呪いはまだそこに残っていました。幼い女の子がブランコで遊んでいるとき、トラックがそこへ突っ込んでいったのです。またほかの子はパーク内のプールで溺死しました。合計で6件の死亡事故が起こり、1966年にパークは閉園しました。 1.リヴァー・カントリー 1976年に開園したリヴァー・カントリーは、ディズニーワールドの最初のウォーターアトラクションです。11歳の子供が珍しい脳を食べるアメーバによって死亡した1980年まで、パークは好評でした。事故が起こったにもかかわらずそのまま営業を続けるディズニーに対し、来園者は怒りを覚えていました。それどころか、パークはその後21年間も開園し続けていたのです。この間に5件もの事後が起こりました。3人の幼い子供が溺死し、一人がアリゲーターに食べられ、33歳の女性が落下事故で死亡しました。これらの事故が原因で、2001年の9月1日に閉園しました。

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芸術的ラテアーティスト8選

1.キャンビン・リー 韓国人ラテアーティストのキャンビン・リーはクリームアートと呼ばれる技法を使って、ディズニーやE.T.などの映画作品からヴァン・ゴッホなどの芸術作品まで描きます。彼の繊細で美麗な作品は、それがラテであることを忘れるほどです。 さまざまな色を使って技巧を凝らした作品だけでなく、普通の作品も作ります。ただ、確かなことは美しすぎて飲むのがもったいないということです。 バリスタとして10年間働き、ソウルに店を構えるリーはコーヒーは人と人をつなげることができます、と言っています。コーヒーでも思い出に残る芸術品になるのだ、ということを多くの人に知ってほしいと彼は願っています。